午後11時前頃に玄関前に到着、なんだかいつもより人が多い。
この日から学校が夏休みに入るためそれで人が多かったんじゃないかと思う。
全員が中島さんを待ってるわけもなし、大して深く考えずにとりあえず中島さんがまだ来てないことを確認し、
駅前の立ち食いそば屋へ夜食を喰いにいった。
うどんを喰らい玄関前に戻ってみると、人がひとりも居ない。
さっきわらわら居た人はどこへ行ったんだ?と思うよりもラッキーと思ってしまった。
深く考える事もなく、今中島さんが来たらどうしようかなあと、少しどきどきしながら一人で中島さんを待った。
しばらくすると隣の警察署からぽつりぽつりと人が玄関に戻ってくる。
話をしているのを傍から聞いてみると、唐突に警官がやってきて玄関に居た全員を警察署に連れて行ってしまったそうだ。
20歳以上は証明できる物を持っていればすぐに帰してくれたそうだが、未成年者はどうだったのかは忘れた・・。
夏休みの初日に浮かれてこんなところへやってくる輩も少なくないようで、それでこの様な行動に出たようだ。
とりあえず僕は運良く連れていかれる事もなくよかった・・。警察なんぞに連れて行かれたらなにかと面倒そうだ。
この日も入る中島さんを見ている筈なのだが、全く記憶に無い。
前回「後楽園に中島みゆきがやってくる」は冗談だったと入江太乃志から詫びの言葉。
この日『六月夢』がやっとできたと通信販売のお知らせがあった。
前回思った、一瞬でも中島さんが絵を見たという確信を得るため実に単純な方法を思いつく。
いつも入れていた紙袋じゃなくて透明な袋にいれればいいやん、というもの。
LPを入れるための透明な厚手のビニール袋が家にあったのでそれを絵の大きさに合わせて切り、袋を作成。
袋等に入れずハダカで渡すってのもあるが、実は毎回なんだかしらないが手紙を書いて入れていたもので。
幸か不幸かどんな文章を書いてたのか何一つ記録にも記憶にも残ってないので、ここに書くことはできないが。
たとえ残っていても書かないけど。
右はシングルの『あした天気になれ』を模写したもの。ジャケット写真に紙を乗せ輪郭をトレスして描いたのでかなりインチキ模写である。
着色は水彩で、縦横のサイズは当然EP版と全く同じである。
『あした天気になれ』をもじって『あした元気になれ』と変えてある、恐ろしくくだらない。ついでに名前も自分の名前に変えてあるという、
痛さ。とりあえずは遠目にはそれらしく見える程度の絵になった、と書いておく。
LFの玄関の扉は観音開きのガラス戸になっていて、なるべく扉の真横で待つようにしていたが、
当たり前だがどちらかの扉の隅で待たねばらなず、向こう側の扉から出てしまうと
中島さんは扉一枚ぶん遠くを通る事になり、渡しそこねる恐れがある。
とにかく手渡しを確実なものとするための方法を考え、この日からやってみようと思った。
なんてことはない扉をこっちが開けてあげるのだ。
そうすれば開いた扉から出ようとすることに気がついたからだ。
そこですかさず絵を渡せば中島さんは目の前だし横からマネージャーに取られる事もなく確実に手渡しできる。
いや、実はそうやって扉を開けてあげてる人を前に一度だけ見たので。
午前3時に放送が終わってから10分も経たないうちに東京無線のタクシーが来た。
こんなに早く来たのは初めてだ。
運転手が降りてきてLF内の警備員に連絡をする。
ほどなくしてマネージャーがエレベーターから降りてきて、玄関を出て車の止まってる場所とどのくらい人が居るのか確認。
しばらくすると、何人かに囲まれながら中島さんがエレベーターから降りてきて、こちらに向かってくる。
警備員に「おつかれさまー」といってるのが見える。
近づく中島さんの集団に中途半端にどきどきしながら、タイミングを見計らって僕は扉を思い切り引いて開けた。
思ったとおり、開けた扉からまずは関係者が「フラッシュたかないで〜」と言いながら出てくる、
続いてすぐに中島さんが出てくる。「おつかれさま〜」と言っている目の前の中島さんに
すかさず持っていた絵を差し出す。ほとんど反射的に中島さんはそれを手に取り、同時に目をやった。
そしてこの時初めて、僕の行動に対して中島さんが反応する。
『おつかれさま〜あれぇ〜』
この「あれぇ〜」だけが絵を見た反応だった。本当に一瞬の反応。
「はいちょっと前通して〜」と関係者「こっちです」と
中島さんを誘導する。
女の子がプレゼントを渡す
「はいどうもありがとう」なんだか妙に優しい声である。
「大根だ 大根」と見知らぬ男が言う。
へえ?に近い感じで「えー?」と中島さん。
「大根」と言いながら男は中島さんの足元を指差す。
指差した先は中島さんの持っていた傘。すぐに気づいて「ああ、これがね」と少し笑いながら答える中島さん。
傘なんか持ってくる意味あるのかと思う間も無く、
タクシーに乗り込む中島さんに「おやすみなさい」と口々に声をかける女の子達。
左はタクシーに乗り込む瞬間の写真の一部。
手に僕の描いた絵を確かに持っている。
左手には「大根」と言われた傘も持っている。
胸には相変わらず「あたいバッジ」。普通こんなグッズを本人が付けるか?やはり律儀である。
絵を見てどんな反応をするかなど、実は何ひとつ予想はしてなかった。
「あれ〜」という一言だけか・・と妙に残念な気持ちと、
それでもともかく一瞬でも自分が描いたモノを中島さんが見たという事実にそれなりに満足してる気持ちとが
変に入り混じった気持ちでぼんやりしていた。
まだまだ玄関前で中島さんを見る行為自体に楽しみを見つけられていたこの時期だった。
さて、中島さんが行ってしまった後、玄関少年の常連達が大声で話をしている。
「今日早かったね」「行きも帰りも早かった」云々。。
この時はまだ知り合いじゃなかった、掲示板にも書いてくれてるムロヤ氏が「初めてだよ俺便所行ってる時に・・」などと喋っている。
ニッポン放送のトイレを借りてる最中に中島さんが出てきたよう。そうかそういう事もあるか・・。