夜会 VOL.5
花の色は うつりにけりな いたづらに
わが身世にふる ながめせし間に


1993年11月24日(水)・29日(月) 12月6日(月)
Bunkamuraシアターコクーン
S席 ¥11000 A席 ¥9000
とうとうS席が1万円の大台を越えてしまった。


今までの夜会の中で、この年の夜会が一番良かったといまだに思ってます。
過去4回の夜会の集大成とも思えたこの時の夜会。

過去に発表した曲を使いつつ季節ごとに短い物語を刻む構成。 ひとつの長い話をつくるより、こういう短いエピソードを重ねてゆく構成が中島さんには向いていると思う。 最小限の情報以外は何も説明されないがひとつの長い物語でこれをやられると 流れすら解らないものになってしまう可能性がある。しかし何もかもを説明してしまっては野暮というもの。 やはりこの短い場面を並べていった構成は良かったと思う。

それまでの夜会は90分かそこらだったものが、この時は二時間半ぶっ通し、今のような無駄とさえ思える休憩も無し。 それでも二時間半を退屈せずに観る事ができた。いや、一番最後のくだりがかなりだらけたが。。

出演者はウェイター役の張 春祥氏と中島さんの二人だけ、実際にはほとんどが中島さんの一人芝居。 実は張春祥氏がいいアクセントになっていて、中島さんの不安定な演技を支えていた。 中島さんが着替えている時間をうまく繋ぎつつ一言も言葉を発する事なく完全な四つの別人になってるとこがすごい。 遠目には別人が演じてるとしか思えなかった、がそのくらい朝飯前なのかもしれない。

舞台に降る雨。ぼたぼたぼたと舞台上から音がする。もっとも舞台の左端部分のみだけども。 和服が似合う中島さん。 『雨が空を捨てる日は』など歌い方も変えていて、印象的なシーンになっていた。 やはり既に聴きこんでる曲は愛着もあり、なによりも歌詞を知っているのが良いところ。

冬。真っ白のほわほわしたコートを着て中島さん登場。 『人待ち歌』を少々演技過剰気味に歌う。もうすでにどこかに在るような曲だなという印象だったが、 ちゃんと書き下ろしたもののよう、うまく創る。 中島さんが手紙を読んでると客席の前方からくすくす笑い声が聞こえる。 なんだなんだと思ったら効果音だった。まぎらわしいと思ったのは私だけか・・。

私が持っている中島さんの視覚的なイメージからおよそかけ離れた祭りのはっぴ姿で登場、 一番最初に見た時は度肝を抜かれた。 そのあとの演技については語る言葉も無いが、『ノスタルジア』をほんわか踊りながら歌う中島さんが非常に良くて好きだ。 イメージからかけ離れていて当然かもしれない。意識して祭りの時期を避けていたようだ。 実際に夏から秋にかけてのコンサートツアーも「SUPPIN vol.1」までなかったと思う。

妊婦姿の中島さん。 左手に手紙を持ち宙に上げたまま不自然な体勢で『雨月の使者』を一曲まるまる歌ってしまう。 こういうのを意固地にやってしまうのが中島さんらしい。 『孤独の肖像 1st.』の最後、爆音とともに一瞬だけ明るくなる場面。 いつだったか忘れたが、二度三度と明暗を繰り返してしまう失敗をしている。 一度しか観ない人なら失敗とは思わないだろうが。

前にも書いた気がするがこういう照明効果のシーンが私はやたらと好きである。なぜだかよくわからない。 先にCDで出ていたこの曲の印象さえ変えてしまうほどインパクトがあった。 初期の夜会の本質はここにあると思う。 後から始まる書き下ろし地獄からはこういうものは存在しない。 いや別に存在してなくても良いものは良いと思うのだが。

ラスト。『彼女の生き方』を歌いながらマンホールから出てくる中島さん。ほっかむりなんぞをしている。 マンホール側の壁側の席の人には全く見えない位置からの登場。 のらりくらりとした演技が続く。お盆を持ってきて水を注ぎ、そこに月が映る。多分前のほうの客席からではまったく見えないだろう、 もっとも私は前で観る機会などそう無いのでどうでもいい。

『愛よりも』の前奏が始まり『銀河は秋を告げ冬を待ち春を迎えて 旅人は忘れ草に絡めとられ 宵待草は萱原に埋もれても 逢おうが為の約束ならば 逢うを待つ間に恋死にに死んでなどなるものか』 歌い始めの部分で一瞬とまる、忘れたのかと思いきや歌詞の一番が丸々台詞となる。面倒なので人が耳コピしたものを丸写し。 『来る来ない来る来ない 待ち死んで後の世の人に美徳と誉め称えられてみたところで  待ち人に逢えずして何の手柄が嬉しいものやら人待ち歌は待ち人に宛ててこその人待ち歌  夕告げ鳥に誉められたとて 何の足しにもなりはせぬ 来る来ない来る来ない  たどり着き得ぬ人の思いを試し眺めて歌詠むような女に人待ちを名乗られたくはない  必ずと疑わぬ目に時など移る隙があろうや 必ずと疑わぬ耳に時など響く隙があろうや  一途という名の地図をたどり橋裏に問うよりもその橋を渡って 待ち人の急ぐそのそれそこの路まで  逢いに出かけるまでのことー』 早口で語られるこの台詞、いやこれはこれで歌になっているようだ。 それで意外と間違う事がないのかもしれない。もっとも公演期間中何回か間違えている可能性はあるけども、 矢継ぎ早に言葉が出てきて間違えていても分からない。 これだけ言葉を繋いで耳で聞かされても、なんとなくでも何を言わんとしているのか解る所がいい。

一番最後に『夜曲』を歌いながら階段をのぼってゆく中島さん。くにゃくにゃとした動きが中島さんらしい。

この舞台では目立った大掛かりな仕掛けは無い。 最後に階段が上から降りてくるとか舞台全体がずっと傾いているとかそんなところ。 仕掛けはあくまでも中島さんを補助するものであり決して前に出てきてるようには見えない。 後に出るビデオでも撮りなおしってやつに目をつぶれば、ロケも少なく舞台がほとんどの映像を占める。 撮りなおしたやつを排除した舞台上の演技だけの別バージョンのDVD等を出してくれないかなと思うが無理だな。

この夜会が終わった翌年の一月にNHK-BSで創ってゆく過程を描いたドキュメンタリーを放送。 TBSでもちろりと流れた気がしたが忘れた。ともかくこういう裏方を見せるとは思いもしなかったので かなり驚いた。のちに別バージョンのドキュメントビデオまで発売する。 ちなみにこれを見ると中島さんがいかに思ってる事が態度に出てしまう人かがよくわかる。 もちろんそれを悪い事だとは思わない、裏方では。


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